藤沢から江ノ島電鉄に乗って曇天の江ノ島駅に降りる。午前中にもかかわらず日曜日とあって観光客が多い。境川にかかる橋を渡って小田急電鉄の江ノ島駅に立ち寄る。あまりの久しぶりさにチョイ胸締め付けられる思いがする。私にとっての海とはこの湘南、とりわけ江の島のことなのだ。もの心ついたころから夏になれば親に連れてこられた。父親とすぐ下の弟と砂浜に並んで座り、両足並べて水際にかかとでくぼみを作る。波がきてくぼみに海水がたまる。父親が指さす水溜りの中には小魚が数匹泳いでいる。まだ海がきれいだったころの話だ。
高校生の頃、二年間にかけて夏をこの浜でアルバイトをして過ごした。大手電鉄会社の直営の海の家だったが、私にとっては初めてのアルバイト経験だった。ものすごくたくさんの思い出をこのアルバイトで作り、友達もたくさんできた。バイトが終わると、時々その日に知り合った女の子と夕暮れの江の島に渡ってデートした。なので、江の島の石段にはその頃の思い出がいっぱい詰まっている。
大学生になり父親のバーでアルバイトをしてた頃、友人のT君が時々店に遊びにきていた。ひょんなことから店がはねてから仲のいいホステス2人とT君との4人でT君の車で江ノ島までドライブを楽しんだ。砂浜に打ち寄せる夜の波はキラキラと夜光虫が光っていて、見上げる空には星が瞬いて、夏の喧騒とは一味も二味も違った姿を見せていて、もちろんロマンチックだった。まだ私も海も汚れていないころの話だ(笑)。
そうだね、久しぶりに江の島に渡ってみよう。そう思い、大橋を渡る。昔は木製で所々破れていて、そこから打ち寄せる波のしぶきが見えたりして子ども心にチョイ怖かった。そんな江の島大橋も今や車がガンガン行き交う立派なコンクリート製に変わり、便利さと引き換えに風情という名の私のノスタルジックは消失している。
江の島神社に続く登り坂の参道の両側には、サザエの壷焼きや、しらす丼などが食べられる食堂とともに土産物屋も数軒並んでいる。そこで買ってもらった貝の標本がうれしかった。世界中から集められた小さな貝のいくつかを眺めながら、私はまだ知らない未知の世界を旅をしていたのかもしれない。坂道がきついので当時はなかったエスカレーターを利用する。あっという間に本殿の辺津宮に着く。酒井抱一が描いたといわれる奥津宮拝殿の、「八方睨みの亀」など見物しながら進み、急な石段を下りて突き当たりの岩場、稚児ヶ淵に出る。
思いのほか釣り人も多く、眺めているとスズキ、タコなどが見る間に釣れていて楽しそうだ。弘法大師は修行に、源頼朝は戦勝祈願に訪れたという岩場の奥の岩屋洞窟に入ってみる。小学生以来だ。当時は暗い洞窟の奥に据えられていた弁天様も、今では奉安殿に安置されていて観ることはできなかったし、妙にライトアップされ、整備されていた洞窟内は私の記憶とは少々ずれていたが、そこかしこの懐かしさに顔はほころんでしまう。
さて帰路は稚児ヶ淵から500円の遊覧船に乗り、大橋のスタート地点へ一気に運んでもらう。昼は人気の食堂、「江の島小屋」(片瀬海岸2-20-12)で釜揚げシラス丼を注文。一気に完食し、食後は腹ごなしにしばし浜辺の波打ち際をサーフィン眺めながらぶらぶら散歩。追憶モード全開をひとり愉しむ。
再び江ノ電に乗り、鎌倉へ向かう。相変わらず観光客でにぎわう小町通りを抜け、まずは鶴岡八幡宮へお参り。鎌倉へ来るといつも立ち寄る自家焙煎の美味しいコーヒー店、「玄」(鎌倉雪の下1-9-24)のカウンターでドリップの様子など眺めながら、淹れてくれたコーヒーをゆっくり味わう。
で、2泊3日の私の思いつき小旅行のラストは逗子にある知る人ぞ知る有名カフェ、「coya」(逗子市桜山8-3-22)で締めくくる。ここ、フードコーディネーターの根本きこさん夫婦が経営している雑貨屋兼カフェで、外観も内装も古家を生かした素敵な作りで一見の価値あり。辺鄙なところにもかかわらず、「coya」詣での客で引きも切らない。